二人目のお見合い設定(二日目)

 ニューオータニで味を占めたのか、その後度々「クリスマスを独りで過ごすのは嫌なの」とメールしてくる。彰太も、周りが「ボーナスだ、イブのプレゼントだ」と浮かれているのに独りでいるのは寂しいと思っていたので、横浜のホテルのレストランを探してみた。しかし、クリスマス・シーズンはかなり価格が高くて、どこにしようかと考えあぐねていたところ、彼女の方からホテルのレストランの名前を挙げてきた。最近できたばかりの、彰太も知らないホテルだ。それが、「うまい具合に予約のキャンセルがあったので、タイミング良く二人分の席が予約できた」と喜んでいる。「マァ、席だけの予約だから、料理は当日そんなに高くないコースをオーダーすればいいだろう」と、軽く考えて彰太はクリスマスに臨んだ。

 ホテルは海岸沿いの高級ホテルで、彼女によると「内装は以前行ったことのあるドバイのホテル風だわ」とのこと。彰太は、本当はドキドキしているのに(彼女と二人でいるからではなく、高そうな雰囲気に飲まれて)それを隠すために、おもむろにゆっくりと歩く。席は、夜景が美しい窓側だ。メニューを見て彰太は焦った。「こんな値段とは。食前酒だけで、二千五百円?」。それでも、大人の余裕を保ちながらにこやかに、彰太の分としてはワインに比べて安いビールを頼む。彼女は二千五百円のグラスワイン。

 オードブルからコースが始まる。料理の一つひとつに感想を述べる彼女は、グルメどころか超が付くほど、舌の肥えた人種だった。シェフが挨拶にきたときに、有名なシェフの名を挙げながら、レストラン○○の味とか、△△シェフの得意料理とか話し出す。ある料亭の料理長が替わったら、味が全部変わったなど、彰太の考えの及ばない世界の話で盛り上がっている。家庭料理とは縁がないけれど、その分高級レストランの味は分かるのか。コース料理は彰太の予算を遥かに越える値段になりそうだったが、彰太は頭と気持ちを切り替えた。その分、これまで自分が経験したことのない分野のことを満喫しようと。

 食事を終えて、ラウンジに行く。まだバーがオープンしていなかったので、ロビーで話をする。横浜の港を眺められるソファがある。ここならお金はかからない。話は、これから行くロスのこと、グルメのこと、日本の政治のことなど多岐に及んで尽きることがない。でも彰太は、家に残してきたワンちゃんの夕飯が気がかりだった。それほど遅くなるつもりはなかったから、用意してこなかったのだ。普通なら「では、バーでブランデーでも」とかなるんだろうけど、頃合いをみて彰太は席をたった。彼女も、ワンちゃんがいるならと言って立ち上がる。

 ホテルでタクシーを待つが、クリスマスだけあってなかなか来ない。「やっぱり、こういうホテルには車で来ないとね」と、また彰太の気持ちを逆なでする言葉。しかし、漸く駅に着いた頃にはご機嫌も直ったのか、別れ際彼女は「これまで生きてきた中で一番最高のクリスマスだった」と、喜色満面の笑顔だった。海外で慣れているのか、彼女の方から手を握ってきてハグする。

 「これで、四十何年生きてきたうちの最高のクリスマスなのか。小さい頃は、親や兄弟とクリスマスを過ごしたし、結婚してからは妻、そして子供達と過ごすクリスマスが普通だよな。今日は、レストランの料理が良かったっていう意味かな」彰太には、たった二回会っただけの良く知らない人とのクリスマスが最高というのが腑に落ちない。

 その夜、メール交換。彼女が、彰太のうちに来て年末の掃除を手伝うなどと言ってくる。いい雰囲気だ。今日、大盤振る舞いした甲斐があった。正月はどうしようかとまで話が発展した。「銀座に京都の一流の料亭のお店があって、お正月は特別料理が出るから行ってみましょう」とのリクエスト。面白そうだとは思ったが、ネットで調べてみると一人三万円の料理だ。「それだけの価値があるのよ」とは言うが、彰太の感覚では、いくらお正月とはいってもその値段はあり得ない。それなら、横浜のデパ地下で最高級のお節でも買って(相当、奮発して)家で食べようなどと話を振った。すると、「お弁当を家で食べるなんて死ぬほど嫌。家で食事するなんて地獄に行くよりひどい」と、痛烈な返事。彰太にはごく普通のことなのに、何が問題なのか突っ込むと、「家族とか親戚と食事するなんて、ストレスが溜まるばかりだから絶対に嫌」と断言する。以前、元彼の家に行って、親戚の人達と何度か食事をしてストレスが溜まって、救急車に乗ったことがあるという。さらに、「犬に食べ物をあげるから帰るなんて、人に聞かれたら笑われるわ」とまで言って彰太を貶める。自分より犬を優先させたといって怒っている。

 恋人と二人ならいいけど、恋人の親、兄弟、親戚とは一緒に居たくない? だいたい、家で食事をしたくないって? ごはんはホテルで食べるもの? 自分の家で、お母さんが作った料理を家族みんなで食べたり、たまには親戚中集まって楽しく食べたりするということが、どんなに楽しいことなのか分からないとは。居酒屋はうるさいから嫌だという程度なら分かるが、ビュッフェ形式もダメ、自宅でゆっくりと静かには地獄以下。ホテルのコース料理しか受け付けない?

 「私と食事するなら、私が指定するレストランに無条件でOKして」。いや、そんな自分勝手な言い分は非常識でしょう。四ツ谷で出会ってから一週間足らずの、あっけない幕切れだった。