台湾最期の夜だ。外は台風が大荒れなのに、ホテルの中の高級レストランでゆったりと中華を食べる。せっかく台湾に来たのだから。春子さんの「お茶はいかが」のコメントにあった「食べることが好きなので、その土地ならではのものを現地に行って食べる旅行」ならではだ。九份でも永楽市場でも、春子さんはまさにこれを実行していたのだ。素晴らしい。紹興酒を頼む。これもまさしく、「その土地ならではのもの」だ。
食事のあと、彰太はもっと台湾の夜を味わいたかったので、二階を見下ろす吹き抜けの三階のギャラリエで過ごすことにした。華やかなシャンデリアが輝き、英語や中国語が聞こえる台湾台北の夜、春子さんと二人で二次会だ。
最終日。たまたま朝の四時過ぎに彰太の目が覚めたとき、春子さんがはっきりした声で何か言っていた。寝ぼけていたらしい。笑い声まで聞こえた。これまで春子さんは、夢でうなされることが多かったらしいから、今回はきっと楽しい夢だったのだろう。
空港までの道路には、大きな木が倒れていたり、沢山の枝が道路を埋めていたりしていた。この大型で猛烈な台風の影響で、多くのフライトは二、三時間遅れになっているにも拘わらず結局、彰太達は予定通りに出発できるとのこと。彰太は「もう少し台湾にいたかったのに」と本気で思った。
飛行機に乗り込む。日本に近づくと、こちらは台風一過で上天気。
羽田で春子さんとすぐに別れるのが忍びないので、空港の喫茶店で過ごす。そして、春子さんのバスを見送る。寂しさで涙が出そうな感じだ。六日間一緒だったのが、あっという間のことだったように思える。「さっきまで一緒に台湾にいたんだ」。いつもの駅に着く。「さっきまで」の台湾に比べると、何の変哲もない見慣れた風景と街並み。急速に現実に引き戻される。
家に入る。春子さんの気配もないし、ルルの声もない。寂しさが募る。でもルルはもうすぐ帰ってくる。ルルのホテルからの連絡では、ルルはちょっと下痢をしていたらしい。「やっぱり寂しかったのかな。可哀そうに」。
ルルのご帰還。元気そうだ。ルルは彰太の顔を見るとクークーと、盛んにおしゃべりをした。「甘えたかったんだね。留守番、有難う」。
気分転換にプールで泳ぐ。ちょっとは元気になる。お風呂に入る。出発前夜、お風呂で足を伸ばしながら「次にここでお風呂に入るときは、どんな気持ちになってるだろう」と思っていたが、同じように足を伸ばすと、台湾旅行が夢だったとしか思えなかった。